神奈川県立歴史博物館 後北条氏関係文書アイコン北条氏略系図 目次  
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北条氏康の用いた私印
 「武栄」方印と「機」鼎形印があり、それぞれ朱印で用いられた。現在確認できる「武栄」印の初出は永禄9年(1565)5月、終見は元亀2年(1571)5月で、おそらく同年10月の氏康の死去直前まで使用されたとみられる。氏康は永禄2年(1559)の暮、あるいは翌年正月頃に隠居したが、北条家の実権を保持していた。しかし、永禄9年5月以降は、氏康は出陣を行なわず、氏政が単独で行なうようになったため、当主の印(虎朱印)は氏政のもとにあるため、氏康が各種の命令を行なうため、「武栄」印を作成したとみられる。また、「機」印は元亀2年4月15日、越後の上杉謙信宛の書状に花押の代わりに捺されている。これは前年の8月より氏康は病床につき、花押の自署が困難となったためであろう。「武栄」印 (縦7.5cm × 横5.4cm) 「機」鼎形印 (縦3.2cm × 横4.0cm)
実際の印判(私印)をもとに当館で作成
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