展示

2019年4月の逸品

今月の逸品」では、学芸員が交代で収蔵資料の魅力を紹介します。

4月の逸品(展示期間:通年 ミュージアムトーク:4月17日)

さまざまな講


さまざまな講

庚申塔 横浜市港北区新吉田町
47(高)×36(巾)×28(奥行)㎝ 
閻魔像を主尊とした安山岩製の庚申塔で、背面に「元禄十丁丑(1697)年 同行/奉納庚申供養塔/十月廿四日 八人」と刻まれている。

神奈川県内には多くの講が存在していました。今でも続けられている講もありますが、廃絶した講も少なくありません。庚申講や稲荷講など全国的に広く実施される講もあれば、大山講のように地域性の強い講も存在します。今月は、テーマ5の民俗展示室において講に関する資料を紹介いたします。

左記の画像は、横浜市港北区新吉田町の庚申塔です。元禄10年(1697)の銘文が刻まれており尺を手にした閻魔像を主尊としています。庚申塔は庚申信仰によって造立された石造物を指し、その形態は多様です。青面金剛や見ざる・言わざる・聞かざるの三猿像が彫られたものが多く、中には文字のみの庚申塔もあり、県内には5千基以上の庚申塔が確認されています。

では、庚申信仰とは一体どんなものでしょうか。庚申の日は一年間に6日ほどあります。この日の夜、人が眠っている間に体内の「三尸(さんし)の虫」が抜け出し、天帝に日ごろの悪さを告げ口に行くといわれています。報告を受けた天帝はその人を早死にさせてしまうので、長生きを願うならば徹夜で起きているべきという道教の教えによるものです。日本では、室町時代末期ごろから一般化していったといわれます。

県内においても、全県域で庚申信仰に基づく庚申講が行われていました。宿となった講員の家に夕刻から集まり、祭神の掛け軸の前に精進料理を供え、夜遅くまでいろいろな話に花を咲かせたようです。信仰に基づく集まりですが、実際には地域の重要な情報交換の場だったともいえます。(三浦 麻緒・当館非常勤学芸員)

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