展示

2020年6月の逸品

開館中に毎月実施していたウェブサイトへの記事掲載と常設展示室でのギャラリートークの連動企画「今月の逸品」は、臨時休館期間中はウェブサイトのみでの展開とし、詳しい解説で学芸員おすすめ資料の魅力をお伝えします。

6月の逸品

眞葛焼 高浮彫牡丹に眠猫覚醒蓋付水指
(まくずやき たかうきぼりぼたんにねむりねこかくせいふたつきみずさし)

眞葛焼 高浮彫牡丹に眠猫覚醒蓋付水指(まくずやき たかうきぼりぼたんにねむりねこかくせいふたつきみずさし)

宮川香山(初代)
明治時代前期
個人蔵〈田邊哲人コレクション〉

6月の逸品は、眞葛焼「高浮彫牡丹に眠猫覚醒蓋付水指」です。
まずは、全体の姿をぐるっと一巡り(図1図2図3図4)。中ほどがゆったりと膨らんだ壺に蓋がかぶさっています。印象的なのは蓋の上。金色の模様で埋めた3段の傾斜(図5)の上、野の草花を描いた平らかなところに、白と黒のブチの猫が乗っています(図6)。背中を丸めた猫は前足の間から顔をのぞかせています。「ごめん寝」の姿勢から顔だけ上げたところでしょうか。金色の目を見開いて口も開いています。ギザギザの歯ととがった舌を見せてどんな声で鳴いているのでしょう。毛筋も繊細に表現されていますが、陶器の技法で作られたやきものの猫です。

超立体的な猫を頂く蓋に比べて壺の部分(「身」と言ったりします)は控えめな立体感です。しかし、紅白の牡丹の花びらが柔らかに重なる様子が見事に表現されています(図7図8)。白い牡丹は今まさに満開。自らの重さで少し俯いているようにも見えます。与謝蕪村「牡丹散りて打ちかさなりぬ二三片」。ひんやりとした手触りの薄い花びらもあと数日で散ってしまう、そんな刹那の姿も、やきものの造形です。

この作品を作ったのは、明治時代に横浜に窯場を構えた眞葛窯。京焼の陶工であった宮川香山(初代)が開港間もない横浜で始めたやきもので、明治前半期には日本を背負う輸出品として世界に出ていきました。眞葛焼は国内のみならず西洋諸国で高く評価され、やがて初代香山は帝室技芸員に任命されるまでになります。猫や牡丹に施される技法は、「浮彫」よりさらに立体的という意味で「高浮彫」と呼ばれ、明治10年代の眞葛窯が得意とした技法の一つ。壺の下の方には実際の制作を担った職工「香僊」「呉石」の名が記されています(図9)。
日本伝統の作陶技術を駆使する技術力を持った眞葛焼。加えて伝統をふまえた、しかし斬新な意匠を生み出しています。この作品の場合、猫と牡丹の組み合わせの源流は日光東照宮廻廊の「牡丹に眠り猫」に見られるような「牡丹睡猫」の画題にあると考えられます。明治政府が輸出工芸品のレベルアップを目指して作成した図案集『温知図録』にはうずくまって眠る猫と牡丹を組み合わせた香炉の図案が収録されていますが、眞葛焼は目を醒ました・・・・・・猫と牡丹の作品として世に出しました。与えられた図案を超えて、明治という新しい世にふさわしい新しい造形を目指したと考えてもよいかもしれません。やわらかな空気感の背後には確かな技術力と日本文化を背負う気概があるのです。

さて、この作品は、壺に蓋がつく形態から「水指(みずさし)」と理解されています。水指とは、茶席で茶碗や茶筅を洗いすすいだり、柄杓に汲んで茶釜にそそいだりする水を入れておく茶道具のこと。その使い方で言うと、蓋を開ける時に摘まむのは丸々とした猫の部分ということになりますが、いかに強心臓な人でも猫をつかんでそれなりに重量のある蓋を持ち上げようなんて思わないでしょう。蓋だけではありません。控えめといっても盛り上がった装飾のある壺の部分。どこを持って持ち上げるべきでしょう。この作品、いわゆる水指としての実用は期待しない方が良さそうです。

工芸品は、実用性と美的価値とを兼ね備えるもの。しかし「高浮彫牡丹に眠猫覚醒蓋付水指」は、見事な造形にゆっくり浸って鑑賞したい、そんな作品と言えるでしょう。(小井川 理・当館主任学芸員)

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