展示

土屋宗直軍忠状

今月の逸品」では、学芸員が交代で収蔵資料の魅力を紹介します。

2019年5月の逸品(展示期間:4月10日~5月19日 ミュージアムトーク:5月15日)

土屋宗直軍忠状(つちやむねなおぐんちゅうじょう)

土屋宗直軍忠状(つちやむねなおぐんちゅうじょう)

本史料より、建武政権発足後に発生した「中先代の乱」(北条氏残党の蜂起)に、土屋宗直が足利尊氏の軍勢に属して参加したことが分かる。

中世武士と合戦、といえば、戦場での彼らの勇ましい武功の数々を、あるいは忠義に生きた彼らの悲劇に想いをはせる方も多いことでしょう。軍記物語を紐解けば、そうしたエピソードは枚挙に暇がありません。ですが、戦場の武士たちが常に気に懸けていたことは、戦争への参加を通じて、自分自身の土地や権利を従軍先の武将たちに保証してもらうこと、新たな恩賞を獲得することでした。そのため、戦場ではさまざまな記録文書が作られ、出まわっていたのです。

今月の逸品で取り上げる「土屋宗直軍忠状」は、相模武士の土屋宗直(桓武平氏系中村氏から分出した一族)という人物が、南北朝内乱という動乱の時代のなか、自分自身の戦功(「軍忠」)を記録して、恩賞を得るために提出した文書です。史料では、「去る八月合戦の時、相模川・片瀬川において御手に属し軍忠を致し候」とあり、戦功の時期・場所・味方に付いたことなどが具体的に記されています。そして文書の奥には「承り候いおわんぬ」とあり、提出された側の上官が、宗直の戦功を承認したことを示す一文と花押(サイン)が付されています。この文書があってはじめて宗直は、自分の支配領地の保証や新たな土地の獲得を、さらに上級の権力に申請して承認してもらうことができるようになるのです。

戦争に参加する武士たちには、守るべき家や土地、そして一族がおり、そのためには戦功の認定が非常に重要だったのです。軍忠状を通じて、物語化された歴史ではなく、現実に直面した彼らの姿にも目を向けていただけたらと思います。(渡邊 浩貴・当館学芸員)

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