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 横浜は、安政5年(1858)の日米修好通商条約の締結により、翌6年(1859)に開港しました。横浜は居留地として外国商人等が溢れる町となりました。当時は、輸出品として生糸・茶、輸入は綿織物、毛織物が主であり、取引は、日本の商人と外国商人との間で行われていました。そのため、外国商人との取引の不便さや紙幣と正貨の差価に悩まされたことから、正金(現金)による堅実な金融と取引の円滑化、さらに貿易の増進を促すために、福沢諭吉と大隅重信大蔵卿の力添えにより、横浜正金銀行は国立銀行条例に準拠し、中村道太を初代頭取として明治13年(1880)2月28日に現在地で開業したのです。

明治13年2月28日(1880) 横浜正金銀行、国立銀行条例により開業。営業期限は満20箇年。
住 所:横浜区南仲通り5丁目
資本金:300万円
目 的:内外の一般の銀行事業。外国貿易上の金融を調理し又は政府の命令に従い対外理財に関する事務を取り扱う。
明治20年3月30日(1887) 株主臨時総会の決議により、資本金300万円を増加し、600万円とする。
7月6日 勅令第29号をもって特に横浜正金銀行条例を公布。 常に政府の保護監督を受け政府は管理官を派遣して、本行諸般の営業及び事務を 監視せしめらる。
横浜馬車道
明治29年3月10日(1896) 株主臨時総会の決議により、資本金600万円を増加し、1,200万円とする。政府より、清国賠償金受取を委嘱される。
明治30年9月10日 (1897) 株主臨時総会の決議により、営業期限を明治33年(1900)2月28日より満20箇年延期。満期に至れば株主臨時総会の決議によりさらに年限を定め延期する。
明治32年3月25日(1899) 本店新築の地盤工事に着手
9月9日 株主臨時総会の決議により、資本金1,200万円を増加し、2,400万円とする。
明治37年7月(1904) 本店落成
明治40年(1907) 清国政府鉄道公債1,000万円発行を引き受ける。
大正2年(1913) 対支五国借款団に加入。
大正8年(1919) 資金を1億円に増資。世界三大為替銀行の一つと称される。
大正12年(1923) 関東大震災発生。
横浜正金銀行本店も火災発生。
ドーム焼失。
横浜市に対し、震災救援金100万円を寄贈。

被災した姿
昭和16年(1941) 太平洋戦争開始後は、東亜圏戦時金融の中核として活動
昭和21年12月17日
(1946)
普通銀行として「東京銀行」創立。資本金5,000万円
昭和22年1月4日(1947) 普通銀行として「東京銀行」開業。
旧横浜正金銀行は東京銀行横浜支店となる。
昭和39年8月(1964) 神奈川県が東京銀行横浜支店(旧横浜正金銀行本店)の土地・建物を買収
昭和42年(1967) 神奈川県立博物館開館
昭和44年(1969) 博物館旧館である旧横浜正金銀行本店が国の重要文化財に指定される
平成7年(1995) 「神奈川県立博物館」は「神奈川県立歴史博物館」と名称変更。
「神奈川県立歴史博物館」開館。
国の史跡に指定される。

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