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テーマ2・中世 ○都市鎌倉と中世びと○
 畿内や西国の平氏を追討し、東北の奥州藤原氏を滅ぼした源頼朝は、1192年、朝廷から征夷大将軍に任命されました。ここに武家がはじめて政権を担った鎌倉幕府が誕生したのです。政治の中心となった鎌倉には、経済や宗教的な拠点も築かれました。そこに生きた人々はどのような生活を送っていたのでしょうか。

男衾三郎絵詞 鎌倉・相模・東国
平安時代の中頃(10世紀〜)には、武力をたくわえた在地の領主が武士化し、多くの武士団が発生しました。なかでも関東諸国の国司となった源頼義、義家親子は有力で、いわゆる前九年、後三年の両合戦を通じて、東国の武士団を組織化していったのです。
●男衾三郎絵詞 部分 模写本 東京国立博物館蔵 江戸時代

伝源頼朝坐像 源頼朝と東国武士団
源頼朝は源氏の流れをくみ、武家の棟梁の立場にありました。父義朝は鎌倉に居館を構えていましたが、鶴岡八幡宮を現在の位置に勧請し、鎌倉の都市機能を整備したのは鎌倉幕府初代将軍源頼朝です。頼朝に従っていた東国の武士達は御家人として幕府を支えていました。
●伝源頼朝坐像 複製 東京国立博物館蔵 鎌倉時代 国宝

北条早雲像 戦国大名後北条氏
室町時代に政治の中心が京都に移り、鎌倉に置かれていた鎌倉公方の実権が失われると、関東には権力の空白が生まれました。そのようななかで、戦国時代に関東の一円支配をめざしたのが後北条氏です。後北条氏は小田原を拠点とし、中央文化を積極的に移入したため、小田原には様々な文化が開花しました。
●北条早雲像 部分 複製 原品早雲寺蔵 室町時代 重要文化財

鶴岡八幡宮出土漆器 掘り起こされた鎌倉
都市鎌倉からは大量の文物が出土しています。瀬戸や常滑の壺、漆工品、金属製品、木工品、銅銭など種類はさまざまです。現在の鎌倉からは想像すべくもありませんが、鎌倉びとがどのような生活を送っていたのかを、これらの出土品が雄弁に語ってくれるのです。
●鶴岡八幡宮出土漆器 複製 原品鎌倉市教育委員会 鎌倉時代

青磁管耳花生 唐物とその影響
鎌倉幕府は大陸からの文物の摂取に積極的でした。当時、中国大陸からもたらされた貴重な文物は唐物(からもの)と呼ばれ尊重されました。特に中国絵画や、青磁の花瓶、堆朱の香合、盆、銅製品は寺院内でも用いられ日本文化にも大きな影響を与えました。
●青磁管耳花生 中国 南宋時代

円覚寺舎利殿 民衆と仏教
鎌倉時代には、従来からの奈良・平安仏教にくわえて、鎌倉新仏教といわれる諸宗派が誕生しました。これらは浄土(浄土宗、真宗、時衆)、禅(臨済宗、曹洞宗)、日蓮宗であり、易行を特徴としています。また戒律を重んじた律宗も復興し人々の宗教的救済に応じました。
●円覚寺舎利殿 復元模型 原品円覚寺所在 室町時代

中世の展示品目録
20090729現在
Excelファイル 44k
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