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テーマ4・近代 ○横浜開港と近代化○
 鎖国体制を守り続けた江戸幕府は、ペリー率いるアメリカ艦隊に屈し、和親条約を締結しました。通商条約によって開港した横浜は、日本と外国を結ぶ窓口となり、西洋文明がいち早く流入してくる場所となりました。明治維新後の神奈川県下でも、富国強兵・殖産興業政策が行われ、人々の暮らしは次第に変化していきます。

ペリーとアダムス 蒸気船が導いた新たな時代
アヘン戦争の結果を知った幕府は外国船の打払い政策を転換し、嘉永6年(1853)西洋文明の象徴である蒸気船を率いて浦賀に来航したペリーと、翌年横浜で日米和親条約を締結し、開国にふみきりました。
●黒船絵巻 部分 江戸時代末期

外国人内地旅行免状 世界へ開かれたみなと YOKOHAMA
安政6年(1859)6月2日、前年の安政五カ国条約の規定により横浜が開港しました。それまで一寒村にすぎなかった横浜は、生糸・茶の輸出、綿織物の輸入がさかんな貿易港となり、鉄道・日刊新聞・ビール・ガス灯など、日本で初めて西洋の文物を取り入れる情報基地としても機能しました。
●外国人内地旅行免状 明治30年(1897)

アメリカ人ぱんおやく図(部分) 横浜浮世絵に見る神奈川
横浜浮世絵は、開港した横浜に住んだ外国人の風俗を詳細に描写した浮世絵版画です。「異国の人々がどんな顔をしていて、どのような家に住み、服装はどうか、何を食べているのか」が人々の最大の関心事で、その欲求を満たす浮世絵は爆発的な売行きを示しました。
●アメリカ人ぱんおやく図 部分 一川芳員 文久元年(1861)

RAILWAY STATION AT YOKOHAMA(部分) 文明開化の音
旧幕府との戦いである戊辰戦争に勝利した明治政府は、西洋の先進諸国の文明を取り入れて日本を近代化しようと試みました。明治5年(1872)には新橋−横浜間に鉄道が開通し、蒸気機関車は文明開化の象徴となりました。
●横浜写真アルバムのうち THE RAILWAY STATION YOKOHAMA 部分 江戸時代末期〜明治時代

堤石鹸商標 近代化と神奈川
明治維新後神奈川県内各地では新しい産業が生まれ、これらの産業を奨励するために博覧会や共進会などが開催されました。また、西洋の民主主義思想が国民に広がると明治政府の政策に疑問をもつ者が増え、県下でも自由民権運動が起こり、数多くの民権結社が設立されました。
●堤石鹸商標 明治時代前期

横浜正金銀行第一営業室 横浜正金銀行
横浜正金銀行は開港場における外国商人や外国銀行等の専横に対抗し、金融の安定をはかるために政府の保護の下に設立されました。外国貿易関係を専門とする特殊銀行として日本の貿易金融の発展のために活躍し、世界三大為替銀行の一つに数えられるまでに発展します。
●『横浜正金銀行建築要覧』のうち 本店第一営業室 明治37年(1904)

近代の展示品目録
Excelファイル 44k
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