芳員は、芳虎に次いで横浜浮世絵を多く描いた絵師で、その作品の原拠は、万延元年の遣米使節関係を記事にした外国の新聞の銅版挿絵を参考にしたことが知られている。本図もその一つで、1860年の遣米使節の一行のワシントン・ウィラードホテルにおける歓迎レセプションの図が原拠となっている。