神奈川県立歴史博物館 真葛焼アイコン概説(5/5) 目次  
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5.真葛焼の終焉

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現在の真葛焼窯場跡
現在の真葛焼窯場跡
 人々に親しまれ、世界の名声をはせた真葛焼であるが、昭和20年横浜大空襲で被害を受け、 三代目香山とその家族はこの時に亡くなり、真葛焼の歴史もここで幕を閉じるのである。
一部残る煉瓦壁
一部残る煉瓦壁
 戦後、葛之輔の弟に当たる智之助〔明治17年〜昭和39年〕が四代目として真葛焼を復興するが、 長くは続かず、実質的な真葛焼の活動期間は昭和20年までとなった。 真葛窯そのものの消滅により、地元横浜でも以後長くその名は忘れ去られていた。 しかし今また明治工芸を見直す様々な活動により、横浜の文化を彩った人物として、宮川香山の名はしっかりと人々の心に根付きつつある。
 
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