館長の馬車道日記

戦後80年〈2〉

今日も馬車道界隈は大変な猛暑で、館長室から通りをのぞいても、日中の人通りは少ないです。

毎年8月は、6日、9日、15日と被爆者・戦没者を慰霊する式典が開催され、核兵器の廃絶、そして恒久的な平和への祈りを誰もが新たにしているのではないかと思います。しかし世界では国家間での戦争や紛争が起き、たくさんの市民が巻き込まれ尊い命が失われているのが現実です。また人命とともに、その国で育まれてきた文化や貴重な文化財も被災、失われていることについては、博物館に身を置く人間として、いたたまれない気持ちでいっぱいです。

さて今年は戦後80年ということで、各地で関連する展覧会が開催されていますが、最近訪れた展覧会をいくつか紹介したいと思います。

最初は、東京国立近代美術館で開催されている「記録をひらく 記憶をつむぐ」(10/26まで)です。

国立近代美術館

コレクションしている「戦争記録画」(中には戦後GHQに接収され、その後無期限貸与として返還された作品も含む)が数多く展示されていました。戦意高揚・国威発揚のプロパガンダとして描かれた絵画を通して、その時代や歴史的事実を再認識し、未来の平和について考えるきっかけとなる展覧会ではないかと思います。私の好きな作家に藤田嗣治がいますが、彼も戦時中に陸軍の要請により戦争記録画をいくつか制作しています。なかでも展示もされていましたが「アッツ島玉砕」は、戦死していく兵士たちの声が聞こえるような圧倒される作品です。しかし当時の人は、この絵を見てタイトルの「玉砕」という言葉に、より戦意を高めたのではないかと思います。見応えのある、かつ意義ある展覧会ではありましたが、図録が作られていなかったことが大変残念でした。

次は、東京都写真美術館で開催されていた「ヒロシマ1945」(会期終了)です。

東京都写真美術館

本展は被爆直後から戦後の広島を市民や報道カメラマンらが撮影した記録写真展でした。原子爆弾がさく裂した2~3分後に地上から撮影したキノコ雲の写真に始まり、約160点が展示されていましたが、ビジュアルだけでなくキャプションには1点1点に撮影者らの詳しいコメントが記され、見ただけではないその背景をも知ることで、より写された情景を身近に感じることができました。展示室の最後にあった、終戦後文部省の原子爆弾災害調査研究特別委員会に参加したカメラマン林重男氏の「このような記録は、私たちの写真が永遠に最後であるように」という言葉が印象的でした。

そして三つめは九段下にある昭和館で開催されている「社会を映す、動かす-ポスターにあらわれる国策宣伝の姿-」(9/7まで)です。

昭和館

戦時中、軍が国策宣伝の手段として制作したさまざまなポスターを紹介する展覧会です。戦意高揚から兵士の徴募のポスター、さらには新聞や映画などのポスターから、あらゆるメディアを駆使して国策宣伝が行われていたことが展示されていました。またポスター制作の担い手として、横山大観や藤田嗣治、宮本三郎らの画家や、木村伊兵衛ら写真家、さらに横山隆一ら漫画家についても紹介しています。

最後は、かながわ平和祈念館で開催されていた「神奈川から紡ぐ平和への願い展」(会期終了)です。

かながわ平和祈念館

この平和祈念館は、昭和28年に建設された神奈川県戦没者慰霊堂の付属施設として、神奈川県遺族会が運営しています。今回の展示では、これまで未出品であった遺品など約30点を展示するとともに、県内の被爆者の絵画や空襲に関する資料などが紹介されていました。館内には常設展示もありますので、機会があれば訪れてみてはいかがでしょうか。

今回戦後80年に関する展覧会をいくつか観覧する中で、東京国立近代美術館や昭和館での展示にみられた戦意高揚・国威発揚を掲げた国策宣伝として利用されるさまざまなメディアの存在に、やはり興味を惹かれました。メディアの持つ力、またそのメディアを利用する側の世論形成といった点で、これらメディアをどのように歴史的に捉えるべきか再認識をする機会となりました。絵画、ポスター、写真、雑誌、新聞、映画、漫画などさまざまなメディアミックスが展開される中で、一方的な情報の渦に巻き込まれ個人的な思考を超越して、自覚のないままに情報に飲み込まれてしまう、そのことにあらためて大いに危機感を感じたところでした。

現代社会でもさまざまな情報が飛び交い、そしてその情報が拡散されています。いま問題となっているSNSやYouTubeなどにおいても、まさに何が真実なのかを含め、情報を取捨選択する能力が現代人には求められるのではないかと思います。そのためにも、今回のような展覧会を通じて、過去の歴史に学ぶこともまた大切なのではないかでしょうか。

令和7年8月25日