
全国各地で桜の開花宣言が出されていますが、横浜でも22日に開花発表がありました。ただ今週は天気が不安定のようで、今年は花見のタイミングも難しそうです。
そして桜が咲くと年度末ということで、公私ともに忙しくされている方も多いのではないかと思います。そんな慌ただしい中ではありますが、ここ一週間の小生の行動をお伝えしたいと思います。
まず16日(火)ですが、翌日に開幕する「下村観山展」の内覧会に出席のため、東京国立近代美術館へ行ってきました。本展では当館が特別協力として、準備段階からコレクションの調査等に協力をさせていただきました。コレクションの中から展示では作品は1点のみですが、観山に関する書簡や下絵・ノート類、また絵筆などの道具類といった諸資料が展覧会の各章の中でポイント的な紹介として、展示されています。近代美術館では現在「美術館の春まつり」を4月12日まで開催しています。花見のお出かけの折に是非お立ち寄りください。ちなみに当館から出品の「意馬心猿図」はこの期間に観覧することができます。なお展示されている作品のうち、小生のお気に入りは六曲一双の屏風「唐茄子畑」(東京国立近代美術館蔵 通期展示)です。
翌17日(火)は、江戸東京博物館の運営委員会に出席。会議終了後に、今月31日にリニューアルオープンする館内を、特別に案内していただきました。かつての服部時計店の原寸模型など、そのスケールに圧倒させられるとともに、休館中のさまざまな事業を展開する中で展示の準備を進める学芸員のみなさんの大変な努力を目の当たりにし、ただただ敬意を表する次第です。
そして19日(木)は、川崎市市民ミュージアムで灰汁を利用した被災紙資料の処置方法の研修会に参加しました。講師は長崎県歴史文化博物館の富川敦子氏らで、水損したためカビが生じ固着した資料を、灰汁につけることで開披可能にするといった内容のもので、講義の後に実際に解体作業を行いました。これまでも市民ミュージアムで被災資料の解体に何度となく参加し悪戦苦闘を繰り返してきましたが、今回の研修では目からウロコが落ちる思いをしました。具体的な方法をここで述べることは難しいので、興味のある方は是非次の論考をお読みいただければと思います。
*富川敦子・久保憲司「水害被災後時間の経過により板状に固着した文書の灰汁を利用した修理について」(『長崎歴史文化博物館研究紀要』第14号 2020年3月)
そして20日(金)からは3連休となり、毎度のことですが会期終了間際のいくつかの展覧会を駆け込みで観覧しました。20日は千葉県野田市にある茂木本家美術館で開催されていた開館20周年記念展「北斎が描く富士山-四十七枚の「冨嶽三十六景」-」(22日で終了)を観てきました。さらに千葉県でも歴史があり、市民らの活動が基盤となって開館した野田市郷土博物館、そしてちょっと足を延ばして松戸にある松戸市戸定歴史館を訪れました。
21日(土)は午後から横浜大さん橋近くにある波止場会館で行われた当館のボランティア総会に出席し、総会後に館長講話として博物館の歴史について、少々お話をさせていただきました。
また22日(日)は宇都宮市の栃木県立美術館へ出かけ、企画展「僕はなに色、渡辺豊重展」(22日で終了)を鑑賞しました。渡辺氏は2023年に92歳で他界された現代美術家で、小生の前職の博物館で2015年に渡辺豊重展を開催した際に初めてお会いしました。言葉が適しているかわかりませんが、その屈託のない人柄にすっかり魅了された次第です。その時の展示では、2011年の東日本大震災時に栃木県那珂川町のアトリエから見た久那瀬の風景を描いた作品が、2点展示されました。この作品について渡辺氏は、震災の時に山から多くの鳥が飛び交う異様な風景を目撃し、これは描かなければいけないという思いから制作したということでした。作品は渡辺氏のあの鮮やかな色彩とはうって変わって、墨絵のような闇黒の世界に見る側も衝撃を受けたのを今でも覚えています。もちろん今回の展覧会でも出品されており、あらためて渡辺氏のこの作品に対する思いに触れたような気がしました。
慌ただしい一週間でしたが、充実した一週間でもありました。灰汁を利用した応急措置など、全く新しい知見も得ることができ今後に活かせればと思う一方、自分の齢を考えると若い人たちにその知見を伝え、学んでもらえる場を積極的に創出することが大切ではないかと考えます。是非若い学芸員のみなさんには、レスキューに限らず多くのことを経験し、さまざまなことを身につけてもらえればと思います。そして多くの人には、被災資料は単純に廃棄するのではなく、できるだけ後世に残し伝えることができるよう(今の修復技術では不可能でも、将来新たな技術が発見されるかもしれない)に、地道な作業が進められていることを知っていただければ幸いです。