このページではJavaScriptを使用しています。
 天狗って知っていますよね? そう訊けば、大半の人はうなずきます。ところが、意中の天狗は同じものとは限りません。高い鼻? 鳥のようなクチバシ? 背中に羽は生えていますか? なになに下駄をはいている? イメージはぜんぜん一致していないじゃないですか! だいたい天狗はワル者なのですか? イイ者なのですか? そんなこと考えたことありませんよ、ふつうは・・・?! 私たちはいまでも神社やお寺で、民俗芸能や昔話の中で、香具師(やし)の売るお面の屋台で−そして街中に出没する看板にさえ!−さまざまな天狗に出会うのですが、彼らのイメージはどこからやって来たのでしょうか。本展はそのイメージを探求する試みとして企画してみました。わかっているようでわかっていない天狗に、その歴史を紐解くことで接近してみようという知的な遊び…答えさがしと考えて下さい。
 かくもさまざまな天狗のイメージ。天狗は災厄をもたらす魔物であり霊験ある神でもあり、崇高でもあり滑稽でもあるという二面性を持っているようですが、本展ではその由縁から探索を開始します。想像上の存在として、天狗のイメージは描かれた作品には多く見られるところです。天狗草子の諸本をはじめ、鬼神としての天狗の発生に関わる作品をぜひご覧になってみて下さい。そのスピリチュアルな鬼神・魔物が具体的なカタチをともなう際に、多大な影響を与えたと思われる古代の異形(いぎょう)面が存在します。異国の影響を受けた遠い昔の異形の記憶。法隆寺や東大寺手向山八幡宮に伝来した伎楽(ぎがく)面・舞楽(ぶがく)面にはそのルーツが見てとれます。芸能が人々にとって身近になり、異形の面が広まるにつれ、天狗のイメージもさまざまに広がります。天狗であって天狗でない。中世にはさまざまな信仰が天狗の姿をともない出現しました。文化が一層大衆化した江戸時代には天狗に対する眼差しにも変化がおこり、天狗にたいする信仰の展開を浮世絵や版本、摺物、奉納絵馬などの作品によって追いかけていくことができるのです。展示は見てのお楽しみ。ここでは、そのような天狗イメージ探索の魅力を、担当学芸員イチオシの作品を中心に概観してみたいと思います。