ぬりえでかながわけんぱく

ぬりえでかながわけんぱく

【目次】

顔面把手【令和2年4月28日公開】
南蛮屏風【令和2年4月28日公開】
横浜商館仏蘭西人馬乗之図・万国名勝尽競之内天竺馬爾加国【令和2年4月28日公開】
あづまみがき天人娘【令和2年4月28日公開】
色染付椿ニ文鳥花瓶【令和2年4月28日公開】
五月人形【令和2年5月4日公開】
釈迦如来坐像【令和2年5月20日公開】
ジャパン・パンチ【令和2年5月20日公開】
旧横浜正金銀行本店本館【令和2年5月20日公開】
北亞墨利加人物 ペルリ像【令和2年6月9日公開】


(パンチの守)さて犬のカメよ、ワターシが営業部長を務める神奈川県立歴史博物館、略して「かながわけんぱく」は、どんなところで何があるか説明できるかの?

(犬のカメ)はい、パンチの守さま! 当然ですワン。
当館は「かながわの文化と歴史」を総合的に扱う唯一の博物館で、収蔵する資料は5万点以上!
常設展示室では、神奈川の歴史を五つの時代に分け、さまざまな歴史的視点で展示しているんですよね。

パンチのかみスキの無いすばらしい説明じゃのう。

カメ昨今、家の中でも様々な博物館を楽しめるといいな~という声が聞こえるようになってきたようですね。

パンチのかみそんなこともあろうかと、資料の中から学芸員オススメの資料をぬりえに仕立てたぞ。
ぬりえ自体を楽しむのはもとより、ここにこんな表現があったのか!という資料の細かなところにも気づくよい機会になるんじゃ。

カメへえー僕もやってみようかな…本当だ、よく見るとこんなところにこんな模様があったんだ!

パンチのかみ家でぬりえを楽しんで、本物がどうなっているのかをぜひ博物館に見に来てほしいのう。


顔面把手(がんめんとって)【令和2年4月28日公開】

パンチの守のひとこと説明:
今から約5000年前に作られたぞ。つりあがった目尻やちょこんと上を向いた鼻など、独特でなかなかかわいい顔じゃな。この頃、関東地方西部や山梨県・長野県のあたりではこういった特徴をもつ「あたま」の形の土器が多く作られたんじゃが、当館のこの「あたま」はその中でも最大級じゃ。残念ながら首から下が失われていてのう、全体でどのような姿だったのかよく分かっておらんのじゃ。研究者たちの説は、縄文土器の縁につけられた装飾という考えもあれば、人型の体を持った土偶という考えもある。おぬしならこの「あたま」の下はどうなっていたと思うかのう? 考えながら色ぬりにチャレンジじゃ。

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南蛮屏風(なんばんびょうぶ)【令和2年4月28日公開】

パンチの守のひとこと説明:
今から約400年前に作られた屏風じゃ。屏風は和風のパーテーションみたいなものじゃな。おひなさまの後ろに飾るのを見た事があるかもしれないのう。日本は昔、鎖国(さこく)と言って海外から日本に来ることを制限しておったんじゃが、そうなる前にポルトガルやスペインから商人やキリスト教を伝える宣教師がやってきていたんじゃ。そのときの様子を描いているぞ。昔の人たちがどんな服を着ていたか、どんな街並みか、想像してぬってみてくれ。

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横浜商館仏蘭西人馬乗之図・万国名勝尽競之内天竺馬爾加国(よこはましょうかんふらんすじんうまのりのず・ばんこくめいしょうづくしのうちてんぢくまるかこく)【令和2年4月28日公開】

パンチの守のひとこと説明:
昨年(2019年)開催した「横浜浮世絵」展にも出品された浮世絵が元となったぬりえじゃぞ。「横浜浮世絵」は幕末から明治時代にかけて作られたんじゃ。開港をきっかけに、様々な新しいものが描かれたぞ。例えば、外国人がたくさんいる横浜の街、来日した外国人たちの容姿や生活、洋風に整備された日本、人の目に触れることのほぼなかった海外などなどじゃな。元の資料もたくさんの色が使われ、とてもきれいじゃが、おぬしだったらどんな色を選ぶかのう?
※このぬりえは2019年5月4日(土・祝)~6日(月・休)に開催された子ども向けイベント「GW!博物館で遊んで学ぼ!」で使ったものです。

PDFはこちら横浜商館仏蘭西人馬乗之図万国名勝尽競之内天竺馬爾加国【令和2年4月28日公開】

あづまみがき天人娘(あづまみがきてんにんむすめ)【令和2年4月28日公開】

パンチの守のひとこと説明:
近代の石版画資料のぬりえじゃぞ。明治時代、日本には西洋文化が一気に入ることになるんじゃ。その中のひとつが石に原画を描く石版画で、江戸時代からつづく浮世絵などの木版画(この版画は皆も学校などでやったことがあるかもしれんな)の技術にプラスして、新しく石版術や写真術などが伝わったのじゃ。それにより、様々な印刷物が出版されていくようになるぞ。細かいもようや髪の毛の表現など、細部にこだわってぬってみてくれい。

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色染付椿ニ文鳥花瓶(いろそめつけつばきにぶんちょうかびん)【令和2年4月28日公開】

パンチの守のひとこと説明:
明治時代に横浜で作られ始めた眞葛焼(まくずやき)の作品をぬりえにしたぞ。眞葛焼は宮川香山(みやがわこうざん)が始めたやきものなんじゃ。彼は後に明治を代表する作家になったすごい人で、眞葛焼は万国博覧会など世界でも認められ、横浜を代表するやきものとなっていったぞ。椿の花や葉っぱ、文鳥がたくさん描かれたこのやきものも眞葛焼の作品で、昭和初期に作られたんじゃ。ぜひきれいな色で塗ってみてほしいぞ。

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五月人形(ごがつにんぎょう)【令和2年5月4日公開】

パンチの守のひとこと説明:
おぬしの家では、5月5日のこどもの日(端午の節句・たんごのせっく、とも言うぞ)に、こいのぼりやよろいかぶとをかざるかのう?この時にかざるものには、下のぬりえのようなかぶとだけではなく、はたや金太郎、武士などの人形などもあるのじゃ。このぬりえのかぶとは横浜市内のあるお家で、40年くらい前からつい最近まで実際にかざられていたものじゃぞ。子どもが元気よく成長するように願ってかざるのじゃよ。かしわもちを食べるという人もおるかもしれんな。
かぶとの部分をぬりえにしたので、どんな色でぬればいちばんかっこいいか考えながらぬりえにチャレンジじゃ!

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釈迦如来坐像(しゃかにょらいざそう)【令和2年5月20日公開】

パンチの守のひとこと説明:
釈迦如来という仏様の像じゃぞ。「お釈迦様」という言い方もあるのう。もとはインドの王子様だった人なんじゃ。仏像は顔や頭に目が行きがちじゃが、今回注目してほしいのはその服じゃぞ。インドやその周辺の国のお坊さんは今もこれに近い服装をしているが、どこがどのように重なっているかわかるかのう?この仏像は4枚の布をうまく重ねてまとっておるんじゃ。どこがどう重なっているのか、よく見ながらぬってみるとよいぞ。

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ジャパン・パンチ【令和2年5月20日公開】

パンチの守のひとこと説明:
だいたい160年ほど前、イギリスからやってきたチャールズ・ワーグマンによって、諷刺誌『ジャパン・パンチ』に描かれたのがワターシなんじゃ。ワーグマンの仕事は、日本、とくに横浜の絵を描き文章を書くことじゃ。ヨーロッパの人たちに日本のことを知らせたんじゃぞ。実はこのワターシ、ワーグマンの分身として描かれていたのじゃ。よく見ると鼻が高いし、ちょんまげだけれどもなんとなく日本人ぽくないじゃろう?

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旧横浜正金銀行本店本館(きゅうよこはましょうきんぎんこうほんてんほんかん)【令和2年5月20日公開】

パンチの守のひとこと説明:
「かながわけんぱく」の建物は、もともと横浜正金銀行という銀行として使われていたんじゃぞ。建てられたのは1904年のことじゃから、今からなんと116年も前じゃなぁ。その少し前から日本は海外との付き合いが始まって、横浜には洋風の建物がたくさん建てられたんじゃ。この建物を設計したのは妻木頼黄(つまき・よりなか)さんという人で、近くの赤レンガ倉庫や、日本橋を作ったことでも知られておるぞ。

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北亞墨利加人物 ペルリ像(きたあめりかじんぶつ ぺるりぞう)【令和2年6月9日公開】

パンチの守のひとこと説明:
江戸時代のおわりごろ、蒸気船(じょうきせん)に乗って日本へやってきたアメリカ人のペリーのぬりえじゃ。日本が昔、鎖国をしていて海外とのお付き合いが少なかったことは南蛮屏風のところでも書いたとおりじゃが、鎖国をやめるよう求めてきたのがこのペリーじゃ。当時は写真をとれる日本人はあまりいなかったから、ペリーの顔が様々な絵で伝わったんじゃぞ。あまり海外の人を見たことがなかったこともあり、絵を描く人も聞いた特徴だけで描く場合もあったから、本当にいろいろなペリーの絵が残されておるぞ。さてこのペリーは本当の顔と似ているのやら似ていないのやら?

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