展示
落合芳幾(おちあい よしいく)の画業
学芸員のおすすめ収蔵資料の魅力を詳しい解説でお伝えする「今月の逸品」。休館中はウェブサイトのみでのご紹介になります。
2026年1月の逸品
落合芳幾(おちあい よしいく)の画業
1月の今月の逸品では、幕末明治期に活躍した浮世絵師、落合芳幾(よしいく)の画業と、神奈川県立歴史博物館が所蔵する芳幾の作品についてご紹介します。
落合芳幾は、天保4(1833)年4月、日本堤(にほんづつみ)下の編傘茶屋(あみがさぢゃや)の子として生まれ、嘉永2(1849)年、17~18歳頃に歌川国芳に入門、嘉永7(1854)年、22歳時に柳水亭種清(りゅうすいてい たねきよ)作『箱根霊験躄仇討(はこねれいげんいざりのあだうち)』の挿絵でデビューしたと言われる浮世絵師です。
県博収蔵の横浜浮世絵
芳幾は、役者絵や美人画、武者絵など、さまざまな浮世絵を手がけていますが、神奈川県立歴史博物館には、芳幾の手がけた横浜浮世絵が複数収蔵されています。
「魯西亜 英吉利(ロシア イギリス)」(図1)のような、外国人の姿を描いた浮世絵では、洋服に細かく影を入れるなど西洋画を意識したような表現を試みていることが分かります。「万国男女人物図会」(図2)は、実在するさまざまな国の人々や、「長臂国」「脚長国」など寺島良安が執筆した『和漢三才図会』の中で紹介される想像上の国の人の姿を紹介しています1)。画面上部に書かれている文字は全て国の名前です。「横浜英吉利西商館繁栄図」(図3)は、英一番館として知られる、ジャーディン・マセソン商会の建物内部を描いた作品です。
芳幾の代表的な作品
芳幾は幕末から明治初期にかけて、絵師としての人気を高めていきます。芳幾の錦絵の代表作として知られる作品はこの頃に集中しており、慶応2~3(1866~67)年には芳幾の弟弟子である月岡芳年と共同で制作した「英名二十八衆句」を刊行しています。このシリーズは、江戸後期に登場する歌舞伎や講談で知られた、刃傷沙汰、殺戮シーンのみを集めており、芳幾、芳年それぞれが14点を手がけた全28点からなる「血みどろ絵」の代名詞になっている作品です。芳年は人物描写が写実的で、芳幾は役者絵に見られる型や様式美を重視した図が多いのが特徴と評されています2)。
慶応3(1867)年には「真写月花乃姿絵(まことのつきはなのすがたえ)」(図4)を出版します。この作品は、歌舞伎役者36名の横顔がシルエットで写されており、上部の雪輪文様にはその役者の似顔絵が描かれ、傍らには狂歌が添えられています。当時、障子に影を写す影絵遊びが流行しており、その遊びを人の横顔で行ったらという発想から制作されたようです3)。
「俳優写真鏡」
明治3(1870)年になると、「俳優写真鏡」(図5)というシリーズを刊行します。こちらの作品は、人気の歌舞伎役者の姿をブロマイド写真風に浮世絵で再現しており、先行研究によると「当時ようやく流行りはじめた写真を錦絵で表現しようとした芳幾の意欲作だったが、あまり好評を得られなかったようで、わずかに十あまりの点数しか制作はされなかった」4)そうです。
「俳優写真鏡」は、顔の表現をする際に輪郭線を使用せず、鼻の周りに濃い影を描いたり、頬や額、首などにうっすらと影をつけるといった細かな陰影表現を行っています(図6)。芳幾は写真らしさを演出するために、絵画でなければ存在しない輪郭線を排除し、陰影で顔立ちを表現することにこだわったのです。色彩も、当時の写真への色付け方法である「手彩色」という技法で着色された、淡い色彩を忠実に再現した配色となっています。
錦絵から新聞や挿絵へ
芳幾は、「俳優写真鏡」のシリーズを刊行したのを最後に、まとまった錦絵の出版をほとんどしなくなります。明治7(1874)年からは、明治5(1872)年に東京初の日刊紙として誕生した「東京日日(にちにち)新聞」の記事を錦絵化して刊行するなど、自身の活躍のフィールドを錦絵から新聞や挿絵などへとうつしていきます。芳幾の人気は、明治18(1885)年の絵師の人気番付である『東京流行細見記』を見ても3位と高い順位に名前が残っていることから、絵師として人気を確立してから20年が過ぎても依然として支持を集めていたことがうかがえます5)。
芳幾は、晩年になるとさまざまな事業の失敗による大きな借金を抱えてしまい、困窮のうちに亡くなった6)と伝わっており、時代が下るにつれ次第に弟弟子の芳年の陰に隠れる存在となってしまいました。
しかし改めて画業に注目してみると、絵師としての全盛期には時勢をとらえた作品や、新しい技術や表現を取り入れた挑戦的な錦絵作品を複数出版しており、幕末明治期を鮮烈にとらえた絵師であったことが分かります。
横浜浮世絵や、明治の世相を映した錦絵をコレクションの軸の一つとしている神奈川県立歴史博物館にとって、落合芳幾はコレクションを形成する上で欠かせない浮世絵師の一人です。再開館した暁には、横浜浮世絵を筆頭に、当館が所蔵する芳幾作品をお楽しみいただければ幸いです。
(山口 希・当館非常勤学芸員)
引用文献
- 過去の「今月の逸品」は、「過去の今月の逸品」をご覧ください。

