展示
一万年前の謎の石器
―縄文時代早期の「スタンプ形石器」と「礫斧(れきふ)」―
「今月の逸品」では、学芸員が交代で収蔵資料の魅力を紹介します。
2018年7月の逸品(展示期間:7月4日~31日 ミュージアムトーク:7月18日)
一万年前の謎の石器 ―縄文時代早期の「スタンプ形石器」と「礫斧(れきふ)」―
今からおよそ16,500年前、日本列島で土器の使用が始まり縄文時代が幕をあけます。旧石器時代以来の寒冷な気候は、12,000~11,000年前頃に段々と温暖化し、それに伴うように生活の様子も変化していきます。弓矢の普及は狩猟対象となる動物の変化、石皿(磨り臼)の増加は植物質食料への積極的なアプローチを示すものでしょう。竪穴住居が急激に増加するのもこの時期の大きな変化です。これは人々が同じ場所で暮らす期間の長期化、定住生活の開始を物語ります。
矢じりや石皿のように石で作られた道具―石器―が多様化するのもこの時期の特徴です。ただその中には用途がよく分からない「謎の石器」も少なからず含まれています。ここでご紹介する「スタンプ形石器」や「礫斧(れきふ)」もその一つ。
「スタンプ形石器」は、拳大の川原石のような石を半分に打ち欠いただけのシンプルな石器です(写真1)。「イモ判」(小さい頃、ジャガイモなどを半分に切って、断面に模様を掘り込んでハンコを作りませんでしたか?)のような形をしているので研究者がそのように名付けました。そのままのネーミングですね…実は考古資料にはこんな感じで命名されたものが結構あります。「スタンプ形石器」の平たく割られた面を眺めてみると、すり減った痕跡をもつものがあります。どうやら何か柔らかいものをこすった痕跡のようで、植物の繊維を柔らかくするためのものではないか、という指摘もあります。「礫斧」は、掌サイズの扁平な石の先端が打ち欠かれ、簡素な刃が作り出されています。ある研究者は、この時期に急増する竪穴住居の建築-特に木材加工のために-に用いられた道具と考えているようです。竪穴住居では、柱や屋根など、多くの部分で木材を使用しますから。
ただ、これらの石器は、作りが簡素で「地味」な存在であったためか、これまであまり積極的な研究が進められてきませんでした。
当館では「スタンプ形石器」「礫斧」を含む縄文時代早期の石器を1000点近く所蔵しています。それらは横浜市磯子区の紅取(べにとり)遺跡群(JR磯子駅前の高台から久良岐公園一帯に広がる遺跡群)から見つかったものがほとんどで、一つの遺跡からみつかった縄文時代早期の石器としては全国でも有数のコレクションとなっています。今後はこのコレクションを活かし、色々な分析を試みていこうと考えています。常設展示室でもご紹介していますので、ぜひ「謎」を解きにきてみてください。(千葉 毅・当館学芸員)
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