展示

五姓田義松 ≪六面相≫

ウェブサイトへの記事掲載と常設展示室でのギャラリートークの連動企画「今月の逸品」は、当面の間、ウェブサイトのみでの展開とし、詳しい解説で学芸員おすすめ資料の魅力をお伝えします。

2020年11月の逸品

五姓田義松 ≪六面相≫

五姓田義松 ≪六面相≫

トピック展示「五姓田義松作品選」
第1期 10月31日(土)~11月29日(日)
第2期 12月2日(水)~12月26日(土)
≪六面相≫展示予定期間:通期

 9月に面白い文庫が刊行されました。
  池寒魚著『画鬼と娘 明治絵師素描』集英社文庫
 狩野暁斎とその娘暁翠ら、明治に生きた三組の画家親子に焦点をあてた小説です。明治の世に絵師/画家として生きることの難しさを、哀歓を込めて語られた一冊です。
 この小説のもう一組の主人公が、五姓田義松とその父である初代五姓田芳柳です。ご存じの方も多いでしょうが、当館近代美術コレクションの中核である五姓田派を支えた二人です。小説が刊行されて、問い合わせもきたことですので、ここで義松の作品群を展示し、なかでも逸品としておススメしたい作品をご紹介します!

 で、今月の逸品はこちら。≪六面相≫です。
図1)(図2)(図3)(図4)(図5)(図6
 画家義松の自画像になります。現在時制でいうところの変顔を含め、表情を鉛筆でガシガシと描いています。顔立ちから考えて、年のころ、十代半ばでしょう。義松は西暦でいえば1855年、和暦では安政2年の生まれです。ですから、十代半ばごろといえば、1870年前後、ちょうど明治になったころ、この作品は描かれたと考えられます。
 小説では、義松はくたびれたオジサンという雰囲気です。欧州での挑戦を終えて、くたびれて帰国した姿で登場します。2015年の没後100年展以前でも、義松のイメージは、そのような古びた画家というイメージだったと思います。ただ、当館で開催した同展では、むしろ若々しい、洋画を楽しむ青年義松を前面に出していました。その事実を象徴する作品が、ここでご紹介している≪六面相≫になります。

 義松は10才、慶応元年のときに、横浜の居留地で活動していた英国人画家チャールズ・ワーグマンに西洋絵画を学び始めます。英語も話すことができない少年と、30代の来日外国人は、片言の英語と日本語と身振りで会話したのでしょう。そして少年は見よう見まねで技術を学び取ったのでしょう。最初は、鉛筆でのデッサンを訓練したと考えられます。それから水彩画、さらに油彩画へと発展したことを、のちに義松は回想しています(注※1)。ですから、ご紹介している自画像は、鉛筆画を学び始めて数年、まだ油彩画を学び始めたかどうかというちょうどそのころ、その姿と考えられます。
 義松はもともと父である初代芳柳から絵の基礎は学んでいたと思われます。しかしその記憶もさして見えてこないほどに、洋画にしっかりと対応しています。アマチュア画家である師ワーグマンからの指示があったのかなかったのか、おそらくは身の回りの風景や雑踏を手本として、描き続ける、描きまくることで、実践的に学習したと想像されます。動画的視覚と指摘したことがありますが、きちんと事物の動きを理解し、その前後の動きを把握したうえで絵画化しています。この感性は、同時代の、洋の東西を問わず、見出すことのできない、義松一流の感性といえます(注※2)。

 日本で「洋画」というと、油絵を思い起こす人がほとんどでしょう。しかし、鉛筆もまた立派な画材で、それこそ本作を描いていたころの鉛筆は、当時最先端の「ツール」でした。描かれた紙も、洋紙、すなわち西洋製の紙で、すべて輸入品だったと考えられます。ですから大切に使おうという意識なのでしょう、さほど大きくない紙面に、力強く、生き生きとした描写がみてとれます。そこに、自らの顔をモチーフに、かたちを忠実にとらえる訓練をしていたと考えられます。
 この鉛筆の線は、圧も強く、まるで踊るように動き回ります。線の動きが早く、見ている者たちの気分をワクワクさせます。絵を描くことが楽しい、そういう気分に満ち溢れているのは、未知の技術、道具にふれあい、新たな表現を獲得する最先端に立つことができた画家にしか許されない感情でしょう。その意味で、義松は空前絶後の存在だといえます。

 日本の洋画の歴史を見渡すと、江戸時代からはじまっていたと著されることもあります。たしかに実験的に似たような表現や技術を使った絵師もいました。しかし、本格的に西洋と交流し、およそ同じ画材を用いて描き始めたのは、早くとも幕末、そしてこの義松が最初期といえます。ですから、義松の人生とも重ね合わせて、ここに紹介する作品や、同時期に描いた風景画なども含めて、「日本洋画の青春」と評しています(注※3)。

 さて、展示では、このほかにも義松の十代から二十代にかけての、鉛筆画、水彩画を多数展示します。小説にちょっと話を戻しましょう。小説に出てくる義松の作品で注目された1点と推定される作品も、展示します。さてどれでしょうか、乞うご期待です。
それでは、日本洋画の青春、義松の青春、明治の横浜東京の姿をご堪能ください。11月までを第1期、12月からは第2期として、全点入れ替えて展示します。鉛筆画ばかりだと寂しいという声もあるでしょうから、油彩画を1点、久しぶりに、義松≪老母図≫も展示しましょう。こちらは第1期、2期と通期で展示します。(角田 拓朗・当館主任学芸員)

注※1 角田拓朗編『五姓田義松史料集』中央公論美術出版、2015、194-198頁
義松が回想した史料も当館所蔵です。当館所蔵の史料群は、本書に解説とともに収録されています。

注※2 『線と色のきらめき ―神奈川県立歴史博物館所蔵五姓田義松作品選―』神奈川県立歴史博物館、2016
没後100年展図録は残念ながら完売しておりますが、今月の逸品で紹介した作品他、当館が所蔵する義松作品の主だったものは、本書に収録されています。当館ミュージアムショップにて絶賛販売中。

注※3 角田拓朗『絵師五姓田芳柳・義松親子の夢追い物語』三好企画、2018再版
五姓田親子や親子以外の五姓田派について、本書が一番読みやすくしてあります。学術書ではなく、一般の読者の方を想定した文調です。ちなみに、小説に登場した高橋由一・源吉親子について、こちらも角田の下記の研究があります。ご興味ある方は、どうぞご参照ください。「美は甦る 検証・二枚の西周像」展図録、神奈川県立近代美術館、2012。

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