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重要文化財「神奈川県庁舎」附指定の建築図面

ウェブサイトへの記事掲載と常設展示室でのギャラリートークの連動企画「今月の逸品」は、当面の間、ウェブサイトのみでの展開とし、詳しい解説で学芸員おすすめ資料の魅力をお伝えします。

2021年7月の逸品

重要文化財「神奈川県庁舎」附指定の建築図面

重要文化財「神奈川県庁舎」附指定の建築図面

〔西側立面図〕1926(大正15)年頃
重要文化財附指定

展示期間:
(1), (2) 6月30日(水)から8月9日(月・祝)まで展示
(3), (4) 8月10日(火)から9月20日(月・祝)まで展示

この記事をご覧いただいている多くのみなさんは、横浜市中区の関内地区に「横浜三塔」と総称される近代の歴史的建造物があることをご存じではないかと思います。「横浜三塔」とは、「キングの塔」の神奈川県庁本庁舎(1928年竣工、鉄骨鉄筋コンクリート造5階地下1階、国指定重要文化財)、「クイーンの塔」の横浜税関本関庁舎(1934年竣工、鉄骨鉄筋コンクリート造5階)、「ジャックの塔」の横浜市開港記念会館(1917年竣工、煉瓦造ほか2階地下1階、国指定重要文化財)のことを言います。「キング」「ジャック」「クイーン」は、昭和初期に横浜港へ入港した外国人の船員たちにより名付けられたと言われており、それぞれに特徴的な塔を持つこれらの建物は、港・横浜のシンボルとして今も親しまれています。
このうち、「キングの塔」をいただく神奈川県庁本庁舎は、1928(昭和3)年10月31日に竣工した四代目の県庁舎で、「神奈川県庁舎」の名称で重要文化財に指定されている本県を代表する近代建築のひとつです。今回、「今月の逸品」としてご紹介するのは、この「キングの塔」の建築図面です。
建物の特徴については、各図面のご紹介にあわせて順次お話しをしていくこととして、まずは今回の主役である図面のことをお話しします。「神奈川県庁舎」の建設時に作成された図面は230枚が現存しており(この中には、竣工後の早い時期に作成された数点の図面も含まれています)、現在は当館が保管しています。2019(令和元)年12月に建物が重要文化財指定を受けた際には、設計案を公募した設計競技(コンペ)から建物竣工に至る一連の資料が保存されている点も評価されており、その代表的な資料である230枚の図面は、建物の付属資料として重要文化財の「附指定(つけたりしてい)」を受けています。すなわち、ここでご紹介する図面は、重要文化財に指定された建物本体と同様の価値を持ち、後世まで大切に保存していくべき資料として位置づけられているのです。なお、図面以外に「神奈川県庁舎」の附指定を受けたのは、東自動車庫(1棟)・西自動車庫(1棟)・外塀(1棟)と建築模型(1基)となっています。
それでは、ここからは「今月の逸品」としてご紹介する4点の図面を見ていきましょう。

(1)〔西側立面図〕図1
「神奈川県庁舎」は、1923(大正12)年9月1日の関東大震災で、内部を焼失して取り壊された三代目県庁舎の後継庁舎として、三代目庁舎の跡地に建設されました。1926(大正15)年に行われた設計コンペで一等当選した小尾嘉郎(おび・かろう、1898~1972)の案をもとに、県庁舎建築事務所の建築技師たちが実施設計を行っています。この図面も県の技師らが手描きで作成したものです。図面には作成年月日が記されていませんが、実施設計に着手した直後の1926年中に作成されたものではないかと思われます。立面図とは、建物の外観のデザインを表現した図面で、建築図面の中では建物の各階の真上から見た姿をあらわした平面図と並んで最も基本的な図面です。「神奈川県庁舎」の立面図は建物4面のうち正面(東側)・南側・西側の3面分が残存しています。本図は、現在は道路をはさんで県庁新庁舎(1966年竣工)が建っている建物西側の外観を示しており、軒先には1963(昭和38)年の改修で失われたテラコッタの装飾が描かれています。
「神奈川県庁舎」の外観の特徴としては、五重塔に用いられる相輪や宝形屋根を模した象徴的な塔=「キングの塔」を持つことが挙げられます。原設計者の小尾が、塔を持つ設計案を構想したのは、コンペの「設計心得」に「船舶出入ノ際、港外ヨリノ遠望ヲ考慮シ、成ル可ク県庁舎ノ所在ヲ容易ニ認識シ得ル意匠タルコトヲ望ム」とあり、塔が必要であることが暗示されていたことによります。本図では相輪を模したとされる塔の尖端部分は省略され詳細を窺い知ることはできませんが、塔全体から和風の雰囲気を感じ取っていただくことはできるのではないでしょうか。

(2)平面図(塔屋)図2
「神奈川県庁舎」の230枚の現存建築図面には、3件合計20点の平面図が収められています。本図は、3件の平面図のうち最も作成年代が古い図面で、実施設計に取りかかった初期段階の「大正15年11月30日」の日付がある7枚の各階平面図うち「キングの塔」内部の各階と屋根を描いた1枚です。図面右下に捺されたスタンプの「製図」欄には「小尾」のサインが確認され(図3)、コンペ一等当選者の小尾嘉郎が作成した図面であることがわかります。
1926(大正15)年6月10日を提出期限としたコンペには398通の応募があり、東京市電気局の技手であった小尾が一等当選しました。(1)で触れたように、コンペでは塔が必要であることが暗示されていたことから、二等・三等など他の当選作時もすべて塔を備えたものでした。小尾がデザインした塔は五重塔をモチーフとしたもので、自身は「穏健質実且つ厳然として冒し難き我国風を表現」したと述べています。
小尾がデザインした塔は、実施設計段階で高さを低くし、最頂部の装飾を五重塔に据えられる相輪を模したものに変更されました。小尾はコンペ終了後の1926年10月から神奈川県に勤務し、実施設計にも関与しますが、翌年の1927(昭和2)年1月には退職しています。本図は、小尾がわずか3か月あまりの神奈川県在職中に関わったことが確認される現存唯一の貴重な図面です。

(3)三階議場詳細(正面図)図4
230枚の現存図面には、庁舎内の各室の内装を描いた詳細図も数多く収められています。ここで紹介するのは主要室のひとつで、3階の中央部にある議場(現大会議場)の図面です。3階から4階まで吹き抜けの天井の高い部屋で、4階には傍聴席が配されていました。図面を詳細に見ていくと、演台(ステージ)を囲む三方枠を装飾する裂地(きれぢ)の文様や、三方枠上部の持送り部分の刳形(くりがた)の装飾など、和風の設(しつら)えを見い出すことができます。
「神奈川県庁舎」の内装の特徴としては、ここでご紹介した議場や貴賓室、知事室などの主要室に和風を基調としたすぐれた意匠が施されており、それが現在までよく保存されていることが挙げられます。4階の傍聴席から撮影した写真を見てみると、天井は寺社建築などで用いられる格天井造りで中央部はさらに格式の高い折り上げ格天井となっていることや、腰壁や柱を木製の仕上げとしていることが確認でき、図面以上に和風の要素を強く感じることができると思います。なお、ここで示した図面や写真では確認することができませんが、「神奈川県庁舎」では、内装や調度品に宝相華(ほうそうげ)文様が多用されており、議場のほか、貴賓室(現第3応接室)や知事室などでその姿を見ることができます。

(4)鉄骨柱詳細図 其一図5
最後にご紹介するのは、構造系の図面です。建築学を専門としない筆者には、記載内容を理解することが難しい図面ですが、時計回りに90度回転させると(図6)、基礎の上に立ち上がる鉄骨柱の地階から3階の一部までが描かれ、その詳細な仕様も記載されています。
「神奈川県庁舎」の建築構造上の特徴は、鉄骨鉄筋コンクリート構造を採用したことで、官公庁舎としては最初期の採用事例にあたります。先代の庁舎が関東大震災で被災したため、地震などの大規模災害にも強い庁舎が求められたということが、最新の建築構造を採用した理由として考えられます。
ここでは(2)と同様、図面のスタンプ部分のサインに注目してみましょう。本図の「主任」欄には、「S」と「N」を組み合わせたように見えるサインが据えられています(図7)。
このサインは、建築構造学の大家で東京帝国大学教授であった佐野利器(としかた)のサインであると考えられます。佐野は、「神奈川県庁舎」の設計案を公募したコンペの審査委員を、1926(大正15)年8月からは、実施設計を担った県庁舎建築事務所の顧問を務めて、この建物に深く関与した人物でした。
本図と同様に、佐野のサインが添えられた図面は、合計で12枚確認されています。12枚の図面はすべて構造図であることから、佐野がこの建物の構造面に一定の影響力を有していたことの証左と見ることができそうです。この建物の竣工式典として1928(昭和3)年11月1日に行われた開庁式を報じた新聞には、佐野の「これで私の建築が生れ出たやうな気持ちがする」との談話が掲載されています(『東京日日新聞』横浜横須賀版、1928年11月1日付)。佐野の建物全体への関与の度合いについては、さらなる検証が必要であると考えています。

以上、当館が保管している「神奈川県庁舎」の230枚の図面の中から4点を選んで、図面の内容と建物の特徴などについてお話ししてきました。筆者は2011(平成23)年に「神奈川県庁舎」の地下倉庫に眠っていたこの230枚の図面の存在を知り、整理作業を行って以来、この図面と建物の調査に継続的に関わってきました。調査に関わってきた一員として、建物が重要文化財の指定を受け、さらに整理作業を行った図面が附指定を受けたことは大きな喜びでした。貴重な図面を大切に保管し、来館者の方々にご覧いただき、そして未来へ引き継いでいくことは、担当者しても、また当館全体としても重要な責務であることを再認識しています。(丹治 雄一・当館学芸部長)

≪参考≫神奈川県庁本庁舎外観(2019年撮影)
≪参考≫神奈川県庁本庁舎大会議場(旧議場、2012年撮影)

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