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横浜正金銀行建築要覧

ウェブサイトへの記事掲載と常設展示室でのギャラリートークの連動企画「今月の逸品」は、当面の間、ウェブサイトのみでの展開とし、詳しい解説で学芸員おすすめ資料の魅力をお伝えします。

2024年5月の逸品

横浜正金銀行建築要覧(よこはましょうきんぎんこうけんちくようらん)

横浜正金銀行建築要覧(よこはましょうきんぎんこうけんちくようらん)

1904(明治37)年
展示場所:常設展2階テーマ4近代展示室
展示期間:5月10日(金)~6月30日(日)

はじめに
 今回の「逸品」は、当館が所蔵しているいちばん大きな資料とも言える当館建物「旧横浜正金銀行本店本館」(国指定重要文化財・国指定史跡)に関わる資料「横浜正金銀行建築要覧」(以下、「要覧」と表記します)です。
 要覧は、今からちょうど120年前の1904(明治37)年に、明治時代を代表する建築家のひとりである妻木頼黄(つまき よりなか)(1859~1916)の設計により建設された横浜正金銀行本店の構造・使用材料・設備などの概要を記載し、各階の平面図と外観および主要室の写真6点などを収めた印刷物で、建物竣工時の様子を詳しく知ることができる最も重要な資料に位置づけられます(図1)。建物の竣工を記念して、正金銀行関係者や本店の建築工事に関わった人たちなどに配付することを目的として、一定の部数を作成したものと考えられます。そのことは、この建物で使用する石材の据え付けや彫刻といった石工事を請け負った茨城県の石材企業家中野喜三郎に、横浜正金銀行頭取相馬永胤(そうま ながたね)が贈った感謝状(当館所蔵)の末尾に「追テ当行建築要覧一部御進呈仕候」と記されていることからも窺われます。
 それでは、要覧の内容についてまず建築概要などを確認した上で、収録された6点の写真について見ていきましょう。

1 建築概要と構造など
 要覧には、正金銀行本店が1899(明治32)年3月25日に地盤工事に着手し、同年12月13日から本体工事に着工して、5年4か月の工期と総工費110万円をかけて1904年7月に竣工したことが記されています。なお、当時の新聞記事からは、竣工直後の8月8日に新築落成式が挙行されたことも確認できます。
 約1230坪(約4065平方メートル)の敷地に建設された本建物の建坪は約650坪(約2156平方メートル)で、その軒高は約16.5メートル、ドームまでの高さは約36メートルに達します。地上3階地下1階建ての建物の外壁には茨城県産花崗岩「真壁石」、岡山県産花崗岩「北木石」と神奈川県産デイサイト「白丁場石」が使用されており、一見すると石造りの建築に見えますが、躯体の主要な部分は煉瓦造りで、その煉瓦壁中には設計者の妻木が自身の設計した建築で多用した碇聯鉄構法(ていれんてつこうほう)による補強用鉄材が使用されています。そのため、建物の構造を正確に表現すると「補強煉瓦造・石造」ということになると思います。
 「耐震耐火ヲ目的トセル構造」で、壁の厚さは3階の最も薄いところでも約45センチメートル、地階の最も厚いところでは約1.27メートルあり、その壁中には先ほども述べたように補強用の鉄材が使用され、床を支える鉄梁とあわせて、「恰モ鳥籠ノ如キ」堅固な構造をなしていました。また、欧米の銀行建築を参考にして、内部も「粧飾ノ華麗ヲ求メズ専ラ実用ト堅牢ヲ主眼トシテ設計」されており、金庫および保護預品庫の設備、各窓に設置されたスチールサッシとスチールシャッター、各室の冷暖房装置、電話交換やガス湯沸し設備など、最新の設備が整えられていたことが記載されています。

2 外観と主要室の写真
(1)外観(図2
 馬車道(建物正面から左方向へ伸びる道路)・南仲通(建物正面から右方向へ伸びる道路)・弁天通に面した建物の三面に密に配されたコリント式の大オーダーと、正面に据えられた巨大なドームで、ネオ・バロック様式とされる威厳ある外観を構成していることがわかります。外壁に使用された3種類の石材は、コリント式の大オーダーや正門・窓などに「真壁石」、2階と3階の平壁に「白丁場石」、軒蛇腹と階段その他に「北木石」が使い分けられていました。
(2)第一営業室(図3
 1階中央部に設けられた建物内で最も広い部屋です。カウンターで客溜まりと行員の執務スペースに区画されており、壁面にはコリント式の列柱が配され、天井に明かり採りのガラス製の天窓が設けられた吹き抜けの構造で、2階部分に廻廊(写真左上部にその一部が写っています)を持つ典型的な銀行営業室として造られていました。また、天窓には冷水による冷却装置が、天井には換気用の扇風機も装備されていたようです。
(3)会議室(図4
 2階に設けられた大きな会議室で200~300人が入ることができ、株主総会や儀式の会場として使用されました。本資料を展示している2階常設展示室内の横浜正金銀行コーナーは、かつて会議室だった場所にあたります。要覧に掲載された竣工時と現在の室内の様子を比較してみてください。
(4)書見室(図5
 要覧では「正面二階中央客室」とも表記されています。外国から来た顧客のために設けられた部屋で、室内には旅行案内や汽車汽船の時刻表、日本の事情を知ることができる図書などが備えられていたようです。柱の上部や照明には日本建築で用いられる組物(くみもの)のような意匠が見られる点が特徴的です。
(5)保護預品庫(図6図7
 保護預品庫とは貸金庫のことで、地階に設けられた預け主の貴重品を厳重に保管する施設のことです。導線も他の部屋とは厳密に区分されていて、監督員に手続きを取らなければ庫内に入ることはできませんでした。なお、金銀貨や紙幣を収めた金庫の写真は、セキュリティー上の問題と思われますが、収録されていません。

おわりに
 横浜正金銀行本店は、竣工から20年も経たない1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災で、地震の直後に発生した猛烈な火災により、地階を除く1階から3階までの内装と屋上のドームを焼失しています。したがって、横浜正金銀行建築要覧は現在ほぼ失われてしまっている竣工時の建物の様子を知ることができる貴重な資料であるのです。
 この建物は、震災後の1924年から25年にかけて復旧工事(大正の改修工事)が行われ、戦前は横浜正金銀行本店として、戦後は東京銀行横浜支店として使用されたのち、1967(昭和42)年3月に神奈川県立博物館として活用されることとなりました(県立博物館への改修=昭和の改修工事)。建物のシンボルである屋上のドームが復元されたのは、この昭和の改修工事の時です。その後、1995(平成7)年3月には神奈川県立歴史博物館にリニューアルして、現在まで博物館として使用されています(県立歴史博物館への改修=平成の改修工事)。
 当館では建物竣工120年を記念して、その歴史を振り返り、さらにはこの建物の未来も展望するコレクション展「本店本館創建120周年記念 横浜正金銀行」を11月9日(土)から12月22日(日)まで開催します。工事休館前最後の展示事業となりますので、この建物や当館に関心をお持ちの多くの方々のご来館をお待ちしています。

(丹治 雄一・当館学芸部長)

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