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修復報告:初代五姓田芳柳《西洋老婦人像》《井田譲像》

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2025年4月の逸品

修復報告:初代五姓田芳柳《西洋老婦人像》《井田譲像》

修復報告:初代五姓田芳柳《西洋老婦人像》《井田譲像》

初代五姓田芳柳
上:「西洋老婦人像」(修復後)
57.4cm×48.6cm
下:「井田譲像」(修復後)
115.3cm×86.4cm

 4月の「今月の逸品」は、当館近代美術コレクションの主柱である五姓田(ごせだ)派のなかから、令和6年度に修復した2点を紹介します。
 その作者である初代五姓田芳柳(ほうりゅう;1827~1892)は、幕末明治初頭の横浜で西洋人を相手に肖像画や風俗画、風景画を描いて売りさばき、一家を成したと知られています。西洋人から見れば、その技術は日本のものであり、また日本人から見れば、その技術には西洋画の要素がとりいれられたと認められていました。具体的には、陰影であり、写真のようなプロポーションです。画材は伝統的な絵の具を用い、筆も古来の毛筆を使用していたと考えられます。
 このような情報は、文献史料や作品の実見調査から類推してきたものです。そしてこのたび、さらなるアプローチとして修復を実施した上での情報を加えることができました。初代芳柳の作品2点、《西洋老婦人像》(図1:修復前)および《井田譲(いだゆずる)像》(図2:修復前)を、文化財保存修理を専門とする工房である墨仁堂(ぼくにんどう)に修復を依頼し、この3月に無事、修復を終えました(図3:《西洋老婦人図》修復後、図4:《井田譲像》修復後)。本小稿は「今月の逸品」と題していますが、逸品すなわち素晴らしい作品だからこそ、修復し、後世へよりよいかたちでつなげたかったのです。

 まず、絵画において修復とはなにをするのかという説明からはじめましょう。
 最初にすべきは、調査です。現状がどのようになっているのか、額から作品をはずし、状態をチェックします。その上で、今回はなにをどこまで修復するのかを決定します。もちろん、修復前におよその計画はたてるのですが、旧額からはずしたタイミング、また旧裏打から本紙をはずしたタイミング、そのほか、様々なタイミングで、判断を要します。必要があればその都度、担当学芸員と修理従事者との間で協議し、決定して修復はすすめられます。

 このたびの調査で興味深かった点は、裏彩色の有無です。《西洋老婦人像》は過去の修復の折にほぼそれが失われてしまったことがわずかに残る裏彩色の痕跡から判明しました(図5:修復作業[肌あげ・註])。一方で、《井田譲像》ははっきりとその存在が確認されました(図6)。
 五姓田派のウリは、なんといっても、絹地に洋画のような立体感を演出することにありました。つまりは、陰影をほどこすわけですが、画面の表面に厚く絵の具を塗ったり、うすく延ばしたりするだけではなかったと、このたびの修復で判明したのです。東アジアの絵画史では一般的な手法ではあるのですが、一枚の絹のオモテとウラから彩色することによって、その陰影や重厚感は増したわけです。
 このことで、《西洋老婦人像》にかねてより私が抱いていた違和感が判明しました。その違和感とは、もっと立体的つまり皺が強調されたり、身体の膨らみが強調されたりしていてもいいのにな、というものでした。彼女が来日したかどうかは定かではありません。ポーズから考えるに、写真をもとにして描き起こしたと推測できます。ですから、その小さな写真に従って、より平板になったのかとかつては想像していました。しかし、この考えは間違いで、本来はより豊かな陰影や立体感があったのだと、このたびの修復で考えを改めることとなりました。

 また、いずれも旧額が作品に比して構造的に弱かったので、耐久性を高めるため、新調しました。特に《井田譲像》は、旧額装では画面の上下が額に隠されていたため、その全体を把握することが、残念ながらかないませんでした。このたびの修復では、その全体像が見えるように、変更しています。さらに双方ともにアクリルをはめた強固な額装となり、よりフレキシブルな展示に耐えられるよう工夫をおこないました。

 このように記していくと、修復はよいことばかりと思われるでしょう。しかしながら、上記の通り、勝手がわかっていない人々が修復をすると、表面の綺麗さばかりを求めて、裏彩色を削除してしまうなど、かえって作品を傷めてしまう場合があります。額装にしても額に合わせて画面を詰めてしまう場合もあります。作品をきちんと理解し、その後の活用を考えて対応することが求められる、緊張の多い仕事でもあります。
 幸い、今回はさほど大きな修正点はなく、円滑に修復をおこなうことができました。残念ながら、当館はしばらく休館しており、修復した作品をご覧いただくには、もう少しお待ちいただくこととなります。ですが、再開の暁には、その華麗な出来映えをご覧いただければ幸いです。

(角田 拓朗・当館主任学芸員)

註 肌あげ:
絵が描かれている絹を補強するために裏打ちされている紙(肌裏)を剥がす作業のこと。

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