展示
堆朱蓮華文方盆(ついしゅ れんげもん ほうぼん)
学芸員のおすすめ収蔵資料の魅力を詳しい解説でお伝えする「今月の逸品」。休館中はウェブサイトのみでのご紹介になります。
2025年7月の逸品
堆朱蓮華文方盆(ついしゅ れんげもん ほうぼん)
蓮のイメージ
七月、蓮が見頃を迎える時期となりました。
泥の中から成長し美しい花を咲かせる蓮や睡蓮は、エジプトやインド、中国など世界各地で、古くから神聖な意味をもつモチーフとして用いられてきました。日本では特に、俗世に汚されず清浄を保つ仏の世界を象徴する花として知られています。寺院に行くと、仏像の坐す台座や背後に立てられた光背(こうはい)、内陣の天蓋(てんがい)など、至るところに蓮の姿をみつけることができます。
各地の蓮池では、ふっくらとした花弁が重なりあう端正な花や、たおやかに縁を波打たせる青々とした葉を目にすることができます。私は初めて花の盛りに蓮池を訪れたとき、水面からすらりと伸びた蓮が存外に大きいこと、作り物のように感じるほど整った造形をしていることに驚きました。美しさに感嘆するいっぽうで、優美な姿が池の一面を覆い尽くしている光景に言いようのない迫力を感じ、少し怖くなったのを覚えています。蓮に聖なるイメージを重ねた人々は、その生態のみならず蓮の姿そのものに、言葉にできない神秘的な雰囲気を感じる瞬間があったのではないでしょうか。
うねる蓮、満ちる躍動感
今回ご紹介する「堆朱蓮華文方盆」は、そんな蓮をモチーフにした作品です。中国・明時代に作られた、1辺19cmほどの漆が塗られた小さな盆で、共箱(ともばこ)には「香盆」と書かれており、香炉などをのせて用いられたことがあったと考えられます。
そこにあらわされているのは、静かで優美な蓮のイメージとは異なる、躍動感にあふれた蓮の姿です。表面と側面いっぱいに、蓮の花と葉、水草が彫り込まれています(図1)。蓮の花弁は天をつくように鋭く上を向き、ひるがえる葉の裏側には血管のように太い葉脈が走ります。輪郭や縁の部分はくっきりと彫り残され、固く力強い印象を与えます。蓮の周囲には、隙間を満たすように細長い葉が自在に伸びています。盆の形をみると、四隅がきゅっと内側に入り込み、辺の中ほどがくびれています。引き締まった器形が蓮や水草の形をたわめ、かえってうねるような動きが強調されているようです。小さな盆の中に、植物のエネルギーが充満しているように感じられます。
この作品が作られた中国において、泥水にあって清廉に立つことから、蓮は君子の象徴と考えられてきました。また、「蓮」と「連」の音の共通性や、花が咲くと同時に実がなること、泥の中にしっかりと根を張って繁茂する生命力の強さなどから、良縁や子孫繁栄を表す吉祥文(きっしょうもん)として様々な場面で用いられています。仏事との関わりから、日本ではしめやかなイメージを持たれることも多いですが、中国では様々な良い寓意(ぐうい)を持つ、とてもおめでたい花といえます。
またこの盆には、もう一つ吉祥のモチーフが隠されています。それが盆の右上にみえる三又に分かれた葉と小さな花です。これは慈姑(くわい)と考えられます(図2-1・図2-2)。水草である慈姑は蓮と一緒にあらわされることが多く、その名に「慈善」の「慈」の文字があることが良いとされ、たくさん実がなることから多子の寓意を持ちます。よって、この作品には豊かさと子孫繁栄の願いが込められていることがわかります。
こうしてみると、この蓮の意匠が、躍動感に満ち生命力を感じさせるものであることは当然といえるでしょう。作者は踊るようなその姿に、大きな池一面に次々と生える蓮の、生命力のほとばしるイメージを重ねたのかもしれません。
重厚感のヒミツ
動きのある意匠がほどこされたこの作品は、軽やかというより重々しい雰囲気を持っています。深い赤を呈(てい)する艶のある質感や、余白のない意匠がそう感じさせるのでしょう。また実際に手に取ってみると、大きさから想像するよりも重さがあります。単純に重量があるというより、中身がつまった密度の高さを感じるのです。
この作品は木材などを彫った上から漆が塗られているのではありません。素地に漆を何度も塗り重ねて層を作り、そこに文様を彫り出す「彫漆(ちょうしつ)」という技法で作られています。本作品の場合、朱漆が3mmほどの厚さに塗り重ねられています。作品名にある「堆朱」とは、彫漆器のうち、表面が朱漆で塗られたもののことを指します。このような彫漆器は中国で唐時代から作られ始め、宋、元、明時代に盛んになりました。日本には鎌倉時代にもたらされて禅宗寺院を中心に伝わり、室町時代には座敷飾りとして多く用いられるようになりました。日本の伝統的な漆芸技法にはみられない彫漆器は、貴重な「唐物(からもの)」として珍重されました。本作品は、その形にぴったりと合う、美しい裂(きれ)によって作られた仕覆(しふく)という袋におさめられています。いつ頃、誰によって作られた仕覆かはわかりませんが、この盆がかつての持ち主に大切にされていたことが伝わってきます。
表面の細部をよくみてみましょう。蓮の葉の縁の側面、切り立った部分には、わずかですが地層のように縞々がみえます。蓮の葉の表、縁に向かって緩やかな傾斜がつけられた部分には、等高線のような線がみえます(図3-1・図3-2)。表面を彫ったり削ったりすることで、何回も塗り重ねた朱漆の層の境目があらわれているのです。さらにこの作品は、側面も彫漆で文様が彫られています(図4)。この漆層の厚みが、みっしりとした質量を感じさせています。
5mm程度の層を作るためには、漆を100回程度塗り重ねる必要があるとされています。前述のように、この作品の漆層は3mmなので、60回ほど塗られているのでしょうか。漆に混ぜものをして嵩(かさ)を増し、塗る回数を減らしている可能性があるものの、手間と時間、材料費がかかる技法といえます。また漆層は固く、文様を彫り出すには熟練した技術が必要とされます。当然ながら、文様以外の部分は取り除かれます。高価な漆がもったいない!と言いたくなるような、贅沢な技法なのです。
漆を重ねることで艶やかな深みのある色合いが生まれ、固い漆層を彫り込むことで蓮のシャープな輪郭や緻密な彫り口、文様のような層の境目があらわれます。彫漆だからこその表現が、重厚感をかもしだし、力強い蓮のイメージを支えているのです。
私はこの作品をみたとき、かつて蓮ばかりの光景に感じた得も言われぬ迫力と自分の心のざわめきが、実体を持ってあらわされているように感じました。皆さんが抱く蓮のイメージに、この作品の蓮と重なるところはあるでしょうか。今年、実際に蓮をみる機会があれば、この作品のことを少し思い出してみてください。
(鈴木 愛乃・当館学芸員)
参考文献
野崎誠近『吉祥図案解題 支那風俗の一研究』上下巻、平凡社、昭和15年
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