展示
眞葛󠄀焼 釉下彩山水図香炉(まくずやき ゆうかさいさんすいずこうろ)
学芸員のおすすめ収蔵資料の魅力を詳しい解説でお伝えする「今月の逸品」。休館中はウェブサイトのみでのご紹介になります。
2025年11月の逸品
眞葛󠄀焼 釉下彩山水図香炉(まくずやき ゆうかさいさんすいずこうろ)
11月の逸品は、淡い色彩で山水風景が描かれた、眞葛󠄀焼の香炉をご紹介します。
3つの山水図
まず、丸くあいた窓のような、円形の画面に描かれた絵を見ていきましょう。ぐるっと一周まわってみますと、三方に風景が描かれています(図1)、(図2)、(図3)。
いずれの風景にも木々と、その奥に雄大な山々と淡いピンク色に染まった空が描かれるという構図になっています。木には細かな点がつけられていて、それが離れて見ることで背景と合わさって、ふわっとした花や葉のようにみえます。
(図1)の風景では、水辺にかかる橋と船が描かれていて、ほとんど点にしか見えませんが、船には人が乗っているようです。岸辺の木々は赤の点描(図4)で葉を描いています。
(図2)の風景では、山の中を流れる滝と川、そして立ち込める霧が青一色で余白を塗り残すことで表現されています。そして木々は一見枝のみに見えますが、白い点描(図5)があり、白梅かそのつぼみをあらわしているようです。
(図3)の風景では、満開の桜が山に連なって描かれており、やはりその木には白とピンク色の点描で(図6)、離れて見える桜の花が表現され、三面で秋、早春、春の季節ごとの山の景色をあらわしている、と見ることができます。
青とピンク色の濃淡のグラデーションを使いこなし、余白を塗り残して霧や水流を表現するさまは水墨画のようです。
細部に描き込まれた文様
この作品、実は風景が描かれていない、円形の窓以外の部分も文様で埋め尽くされています。
まず、深い藍色に発色した染付の文様について見ていきましょう。口の側面(図7)には七宝繋ぎと花を組み合わせたような文様、三つの足の外側(図8)には牡丹の文様が描かれています。さらに近くで見ても気が付きにくい部分ですが、真上からみると、口縁部には染付で一列に渦文様が描き込まれています(図9)。
次に、絵のまわりの白地の部分に注目します。拡大すると、白地に透明の釉薬によってびっしりと紗綾形(さやがた)文が描き込まれています(図10)。この文様の筋の一本の太さはわずか1mm程度です。釉(ゆう・うわぐすり)がかかっている部分はわずかに盛り上がっており、指でなぞるとぽこぽことしています。
釉薬のかかった部分だけがツヤがあって光るので、うっすらと文様が浮かび上がり、主題の景色と形を邪魔しない上品で繊細な仕上がりです。
全体を隙間なく埋める文様が全体の印象をひきしめ、形もあいまって中国古代の金属器をも思わせ、ぼんぼりのような、ふっくらとした花のつぼみのようにも見えます。
不思議な器形
こちらの香炉はちょっと変わった形をしていますので、別の角度から見てみましょう。斜めから(図11)と真上から(図12)見てみますと、三つの球体を重ね合わせたような形をしていることがわかります。その形に沿った三つ葉形の口と、底には三角の足が三つ付けられています。
口の内側の部分(図13)にも注目してみますと、口の形状に沿って筋が内部まで伸びており、型を用いて作られたことがわかります。
明治の前期・後期で大きく変化した眞葛󠄀焼
さて、この作品の底には「眞葛󠄀窰香山製」という銘があり(図14)、横浜で陶磁器制作を行い活躍した宮川香山の作であることがわかります。
初代宮川香山(1842~1916)はもともと京都で陶業を営む家の出身でしたが、明治3(1870)年に横浜へ移り、眞葛󠄀窯を開きました。明治時代、万国博覧会をきっかけに人気の出た日本の工芸品は盛んに輸出されており、横浜からも香山が明治9(1876)年のフィラデルフィア、明治33(1900)年のパリなど国内外の博覧会に出品し受賞を重ねました。海外のコレクターの陶磁器コレクションの中には、本作によく似た形と文様の香炉があることもわかっています。
宮川香山の眞葛󠄀焼というと、立体的な彫像が貼り付けられた彫刻のような「高浮彫(たかうきぼり)」の陶器を思い浮かべる方も多いかもしれません。ですが、高浮彫を制作していたのは明治前期の約10年ほどのわずかな期間で、その後はここで紹介している作品のような、釉下彩(ゆうかさい)を用いた作品や中国陶磁を写した磁器へと変化していきます。
新たな技術による色彩表現
この「釉下彩」という技法は明治に入って西洋から新たな技術が入ってきて可能になった技術です。江戸時代以前の日本の陶磁器での主な色彩表現は、陶磁器を焼いた後にその上から絵付けをする「上絵付け」(=色絵、赤絵)が行われてきました。釉下彩というと主に染付や青花と呼ばれる青一色のみでした。この上絵具では表現できなかった様々な色での淡いグラデーションが釉下彩によって初めて表現できるようになりました。
釉とは、簡単にいえばやきものを包むツルツルとした薄いガラスの膜です。そのガラスの下に色があるため、透かして見える色はしっとりとした透明感があり、色の印象が異なることがわかります。
金を使った淡い輝き
ちなみに、空や桜の花に用いられている淡いピンク色の釉下彩の顔料は正円子(しょうえんじ)といって、金が発色剤として用いられているので、非常に高価なものなのです。
1作品の中に、釉下彩による淡いグラデーションの色彩、表面の凹凸した紗綾形文、三つのふくらみのある器形と、魅力の詰まった逸品です。
みなさまはどの場面が気に入ったでしょうか。展示室では見えにくい部分をたっぷりと写真でお伝えできればと思い、今回紹介しました。楽しんでいただけましたら幸いです。
(小川 咲良・当館非常勤学芸員)
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